ホーム | 駿府静岡歴史楽会 | 静岡市と家康公 | 大御所四百年祭 | 歴史楽会の歩み |
ホーム > 徳川家を生んだ女性たち

講演会と史跡めぐり「徳川家を生んだ女性たち」

平成19年8月5日(日)、駿府静岡歴史楽会の大御所四百年祭市民参画事業のトップとして、「徳川家を生んだ女性たち」をテーマにした講演会と史跡めぐりを開催した。

静岡市民文化会館の中ホールには、熱心な歴史愛好家がつめかけ久能山東照宮博物館の小林明館長の講演に耳を傾けた。

小林講師は、家康の生母於大の方から正室、側室等の女性たちの話題をを資料をもとに説明し、その時代背景を探った。








くわしくは、ここをクリックしてください。(資料はPDF形式)




参考文献は中村孝也著「家康の族葉」より

【史跡めぐり】

<蓮永寺>

家康の側室お万の方が、松

野村から移転させた。

お万の方の供養塔。

お万の方は、第10子頼宣(

紀州家)第11子頼房(水戸

家)の生母。
墓地には、幕臣勝海舟の母

信子、姉順子の墓もある。

<華陽院>

竹千代の学問の師智短上

人の創設。

人質時代、竹千代は、この

寺の近くにいた。(現在地は

移転後である)
竹千代を養育した源応尼

(於大の方)の墓。

於大の方は、家康の祖父

清康の妻であった時期があ

る。
家康の第16子市姫の墓。

家康に愛されたが、わずか

4歳で逝去した。

<宝台院>

家康の側室お愛の方の墓。

お愛の方(西郷の局)は、第

3子秀忠(二代将軍)の生母。
当時の家康は、浜松城時代

で苦難の時。

駿府城に入るが28歳で短

い生涯を終える。

秀忠は、寺を現在地に移し

大伽藍を建立、生母を弔う。
家康公御真筆と伝えらる自

画像。

狩野派の筆によるものか。
明治25年に描かれた宝台

院の図。長い参道が、本通

りまで続く。

Copyright © 2006 駿府静岡歴史楽会